効率化、迅速化、簡素化を含めた合理化。
これらを工夫のもとに進めていくこと自体は、とても重要だと思います。
限られた時間の中で成果を出すために、
無駄を省き、手順を整え、やることを明確にする。
これは、仕事でも学習でもスポーツでも、必要不可欠な視点だと考えます。
ただし、その考え方をそのまま
「身体能力の向上」に当てはめてしまうことには、わたしは賛成できません。
効率化が、そのまま身体の成長につながらない理由
身体能力の向上とは、
単に「できるようになる」ことではありません。
剛性、柔軟性、巧緻性、俊敏性。
こうした能力が定着するためには、
一時的な刺激ではなく、身体そのものの変化が必要になります。
ここで重要なのは、
理解が早いことと、身体が変わることは、
まったく別の話だという点です。
なぜ身体の変化には、時間がかかるのか
身体の変化とは、
筋・結合組織・神経といった、
より根本的なレベルでの更新です。
新しい動きや感覚を理解することと、
それが無意識に選ばれる状態になることのあいだには、大きな隔たりがあります。
この隔たりを埋めるためには、
同じ方向性の刺激と回復が、
一定期間、繰り返し身体に起きている必要があります。
身体向上における「本当の合理化」とは
ここで言う合理化とは、「すぐに変わる方法」を探すことではありません。
短期で判断しすぎない前提を持ったうえで、
やることをシンプルにし、
無駄を省き、
順序を整える。
それこそが、
身体向上における本当の意味での合理化だと、わたしは考えています。
簡単に「行うこと」「行っているようなこと」はできます。
しかし、簡単に「変わる」ことはできません。
身体は、中身の整った時間をかけることで、確実に応えるようになるのです。
気づいた人から変わり始める
身体・動き・意識・心・知識
を育てるコンディショニング
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