何もしなくても、
時間は流れていきます。
止めようとしても、
戻そうとしても、
時間はそのまま流れ続けます。
その時間を、
どのように過ごすのか。
そこには
身体
動き
意識
心
知識
が深く関わっています。
それが、生きているということ
なのだと思います。
本来そこには、
成功も失敗もなく、
勝ちも負けもなく、
上も下もありません。
もちろん、
社会の中では評価があり、
競技の中では結果があります。
しかしそれでも、
時間そのものには、
最初から優劣が書かれているわけではありません。
ただ、
流れていく時間の中で、
私たちは問い続けることになります。
身体はどうか。
動きはどうか。
意識はどうか。
心はどうか。
知識はどうか。
それぞれの視点から、
「いま、どうなのか」
を観ていく。
やることは、
本来とてもシンプルです。
ただ、
この「認識する」ということが、
実は一番難しい。
人はつい、
結果に引っ張られます。
評価に揺さぶられます。
周囲の言葉に飲み込まれます。
すると、
「いま」の状態そのものを観る前に、
良い悪いの判断だけが
先に走ってしまうことがあります。
けれど本来は、
まず観ること。
まず認識すること。
身体に何が起きているのか。
動きに何が起きているのか。
意識はどこに向いているのか。
心はどう揺れているのか。
知識は何を支え、反対に何を曇らせているのか。
それらを、
ひとつずつ見つめていく。
時間という、
揺るぎようのない概念を前にすると、
その難しさはあらためて突きつけられます。
何もしなくても過ぎていく。
待ってくれない。
言い訳も受け取ってくれない。
だからこそ、
「いま」をどう観るかが、
そのまま生き方につながっていく
のだと思います。
身体・動き・意識・心・知識。
それぞれから、
「いま、どうなのか」を観ること。
派手ではありません。
すぐに答えが出るとも限りません。
それでも、
その営みの積み重ねこそが、
時間を生きるということなのだと、
私は考えています。
気づいた人から変わり始める。
