Diary Epoch Workshop 樫の木通信

「これが正しい方法だ」
と言い切る人たちの共通点

─スポーツ指導・教育・医療の現場で見えてきた“方法論”の限界

「これが絶対法則だ」
「この方法が良い」
「誰でもできる」

こうした言葉は、
学術の世界でも、
運動の世界でも、
スポーツの世界でも、
繰り返し語られてきました。

人はその過程で、
多くの知識や経験を得ます。
場合によっては、
その分野で「偉い人」になります。

しかし、そこで必ずしも
人間が成熟するとは限りません。

言葉が粗くなる。
態度が大きくなる。
支配的になる。

そして時に、
今で言うパワハラ、モラハラ、セクハラのような振る舞いへとつながっていきます。

それでもなお、
その人の語る法則や方法に
ある程度の再現性が見えると、
その人はその業界で存在し続けます。

そして、その教えを受ける人たちも、
また存在し続けます。

なぜ、そうなるのか。

理由のひとつは、
実際に「うまくいく人」が存在しているからです。

その方法が合う人。
その環境に適応しやすい人。
もともとその競技や分野において、
素質を持っている人。

そういう人が結果を出すと、
方法そのものが正しいように見えます。

けれども実際には、
「その方法に適応できた人が残っている」だけかもしれません。

つまり、再現性があるように見える背景には、
方法の普遍性だけではなく、選別の構造が含まれている可能性があります。

合う人は伸びる。
合わない人は離れる。
あるいは、切り捨てられる。

すると現場には、
「この方法で伸びた人」だけが残ります。

だから、その方法は
正しいように見えてしまう。

わたし自身も、
そういう人たちを見てきました。

教える側としても、
教わる側としても、
多くの現場を実際に経験してきました。

その中で、ひとつの通過点として感じていることがあります。

結局のところ、
誰にでも当てはまる絶対的な法則や方法など、存在しない。

なぜなら、
人にはそれぞれ
構造と伝達の違いがあるからです。

同じ方法で伸びる人もいれば、
どこかで限界が来る人もいます。

そして実際には、
その方法の中で行き詰まる人は、
決して少なくありません。

さらに、法則や方法を絶対だと言い切る人たちの無意識の言動をよく観ていると、別のことも見えてきます。

実は本人たちも、
どこかでその方法の限界を感じている
ように見えるのです。

ただ、それを認めない。
あるいは、認識できない。

そして結局は、
その方法を受け入れやすい人、
そのフィールドにおいて素質のある人が現れるのを待つ。

合わない人については、
本人の努力不足、理解不足、根性不足として処理してしまう。

このように、そこには
大きな自己矛盾があります。

さらに、そういう人たちに共通して感じるのは、記憶のあり方が非常に偏っているということです。

自分の方法がうまくいった成功体験は、
強く記憶に残ります。

一方で、
うまくいかなかったケースは、
忘れられるか、
別の理由として処理されてしまう。

そして、
自分に刷り込まれた嫌な経験や怒りだけは、
なぜか長く語り続けられる。

つまり、問題は記憶そのものではなく、
記憶の選び方が極端であることです。

だからこそ、
自分の方法の限界や矛盾に、
なかなか気づくことができない。

この時点で、
はっきりとあることが見えてきます。

そうしたことを無自覚のまま語り、
それを正当化してしまう指導者や教員は、その人自身の構造と伝達が崩れている可能性が高い。

もちろん、
わたし自身も例外ではありません。

人は誰しも、
自分の経験の中から
「正しい方法」を見つけたくなるものです。

そしてそれを、
つい普遍的なもののように語ってしまうことがあります。

だからこそ、
ここで結論を急ぎたいと思います。

本当に大切なのは、
法則を押しつけることではありません。

目の前の人の構造を観ること。
目の前の人の伝達を観ること。

そして、
その人に合った形へ調整していくこと。

それは、
単純な方法論よりも、
はるかに手間がかかります。

効率も悪いかもしれません。
分かりやすくもないかもしれません。

「誰でもできる」と言い切る前に、
「誰にとって、なぜ、どう合うのか」を観る。

さらに、
「どうしたらもっと上手くできるのか」
「つまづきの要因は何なのか」
そこまで観る。

「これが絶対だ」と語る前に、
その言葉がこぼれ落としてしまう人の存在を想像する。

誠実な指導とは、
強い言葉で支配することではなく、
違いを見落とさないことです。

気づいた人から変わり始める。

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