生きているから
運動があります。
運動があるから
スポーツがあります。
では
その「運動」とは
何なのでしょうか。
多くの方が思い浮かべるのは
走る
跳ぶ
投げる
ぶつかる…
こうしたスポーツ的な動きだと思います。
しかし実際には
身体の中で起きている運動の
ほとんどは無意識の中で行われています。
呼吸
姿勢の微調整
関節の安定
重さの受け渡し
身体の内側では
絶え間なく運動が起きています。
そして私たちは
その大半を意識することなく
日々を過ごしています。
走る
跳ぶ
投げる
ぶつかる
こうした動きは
運動の中で言えば
意識できる範囲としては
ごく一部に過ぎません。
ではもし
無意識の中で行われている
その大半の運動に
さまざまなエラーが含まれていたとしたらどうでしょうか。
それは言わば
「無意識」という名の土台が
崩れたまま広がっているようなものです。
その上に
「意識」という柱を
無理に建てようとしても
うまくいくはずがありません。
これは決して特別な話ではありません。
スポーツの現場でも
日常の身体でも
この構造は頻繁に見られます。
だからこそ大切になるのが
自分の身体の中で起きている運動を
少しずつ認識していくことです。
呼吸を通して
姿勢を整えながら
わき腹
背中
横隔膜
骨盤まわり
そうした小さな動きを感じ取っていきます。
一見すると
とても地味な取り組みかもしれません。
しかしその時間こそが
無意識という土台を整えていく作業になります。
土台が整ってくると
走る
跳ぶ
投げる
ぶつかる…
そうしたスポーツの動きは
自然と変わり始めていきます。
スポーツは
身体の上に成り立っています。
そして身体は
無意識の運動の上に成り立っています。
この順序を見失うと
努力しているのに
なかなか変化が生まれない。
そのような状態に陥りやすくなります。
だからこそ
運動とは何か
身体とは何か
その土台を
もう一度見直してみる。
そこからスポーツを考える。
それが
本来の順番なのではないかと考えています。
気づいた人から、変わり始めます。