エクササイズを終えたあと、
選手に声をかけると、こんな返事が返ってくることがあります。
「自分、ちゃんとやりました」
決してサボっているわけではありません。
本人なりに集中し、真面目に取り組んだ実感もある。
ただ、この一言の中に、
進展と停滞を分けるヒントが隠れています。
例えば、あるエクササイズを教わったとします。
説明を聞き、
見本を見て、
実際に手ほどきも受けた。
そして、その後は
各自で実施するフェーズに入る。
ここから先で、はっきりと差が生まれます。
そのエクササイズが、
すぐには分かりにくく、
それなりにきつく、
簡単には手応えを感じにくいものだったとしたら──
1〜2回やってみて、
「はー、しんどかった」
「一生懸命やったわ」
と区切りをつけ、
次の指示を待つ人がいます。
そのときに返ってくるのが、
冒頭の、あの一言です。
その言葉の裏には、
「ここまでで十分だろう」
「あとは次の指示を待とう」
という、無意識の区切りが生まれています。
一方で、
1〜2回やってみて、
「はー、しんどかった」
「これ、難しいな…」
「まだしっくりきていないな」
と感じながらも、
一息ついたあと、もう一度自ら取り組み始める人がいます。
次の指示が来るまで、
誰に言われるでもなく、
自分で続ける人です。
言うまでもなく、伸びていくのは後者です。
前者は、次の指示が来るとホッとして、
そのエクササイズの感覚や気づきを手放していきます。
後者は、次の指示が来ると、
「もう少しやりたかったな…」
という悔しさや引っかかりを残す。
つまり、身体にも意識にも、
その取り組みが“残っている”ということです。
自分は、どちらの考動を選んでいるのか。
伸びる考動か。
それとも、停滞する考動か。
進展と停滞を分けるのは、
何をやったかではありません。
どう考え、
どう向き合い、
どこで自分に問いを立て続けたか。
気づいた人から変わり始める