はじめに|監督先生のひとことから
ある日、指導チームの施術日。
この日は選手4名、そして最後に監督先生への施術を行いました。
首と肩の痛みを訴える監督先生に対して、丁寧にアプローチを進めていくと——
施術後にふと、口にされた一言が印象的でした。
「こんなに軽かったのか…自分の腕は…」
「いやー、すごい、本当にすごい…」
その驚きには、長年当たり前のようにまとってきた「こわばり」から解放された感覚がにじんでいました。
その後、少し雑談の中で、こう聞かれました。
「冨樫さんは、自分の身体は誰に診てもらうんですか?」
私は笑ってこう答えました。
「いや、診てもらってないですね。自分で、何とかしてます。」
これは決して強がりではありません。
というのも私は、施術でも、そして日々のコンディショニング指導でも、自分の身体で“感じながら診ている”ことが多いのです。
自分の身体でも「診ている」感覚
選手や患者さまから相談があったとき、まず私が行うのは「診ること」です。
でもこの“診る”という行為は、単に目で観察することではありません。
- 筋肉の緊張はどうか
- 呼吸の入り方はどうか
- どこに負担がかかっているか
- どんな動きのクセがあるか
これらを見極めるために、当然ながら知識は使います。
ですが――
知識を前面にすると、かえって“見えなくなる”ことが多々あるのです。
だから私は、意識を整えて、心を空にして、身体と動きに向き合うようにしています。
そうすると、不思議なことに、異常点や流れの滞り、繋がりの途切れが自然と浮かび上がってくるのです。
この感覚は、施術だけでなく、エクササイズ指導や動きのチェックでも同じように起こります。
とくに「うまく力が伝わっていない動き」や「反応が鈍い身体の使い方」は、自分の身体でも“違和感”として感じ取ることができるのです。
アプローチは、“答え”ではなく“問い”のように始まる
見えてきた“引っかかり”に対して、静かに手を添える。
もしくは、あるエクササイズを通じて少しだけ動きを誘導してみる。
そうすることで、相手の身体がどう反応するかを確認していきます。
そして大切なのは、うまくいかないときもあるということ。
痛みや不具合が変わらないとき、それは私にとって「失敗」ではなく、除外評価です。
「ここではなかった」とわかったことは、次のヒントになります。
そしてまた、素直に身体と動きを診ていきます。
すると、やがて本当に必要なポイントが見えてきて、セルフケアや意識の方向性を的確に伝えられるようになる。
そうした流れの中で、「変化」や「納得」にたどり着けることが多いのです。
終わりに|“感じる力”は、施術者の中にもある
私は、自分の中にあるこの“感覚”を大切にしています。
それは、頭だけで組み立てたロジックではなく、身体の奥で共鳴してくる確かなものです。
これを“身体知”と呼ぶのかもしれません。
また、私たちの神経系には、相手の動きや緊張に“共鳴するしくみ”があるとも言われています。
このような視点で、施術や指導の時間を捉えていくと、
「意識を向けること」「丁寧に診ること」の意味が、より深く感じられるのではないでしょうか。
次回は、この“感じる力”を支えている背景について、
身体知と神経系の共鳴性という視点から、もう少し掘り下げていきたいと思います。