Diary Epoch Workshop

個人の気づきを、組織の財産へ
|GoodとNo Goodを共有する理由

なぜ、何度も止めるのか。

なぜ、集合をかけるのか。
なぜ、その場で起こっているGoodやNo Goodを共有するのか。

その理由は、
単に一つの動きを直すためではありません。

個人に起きた気づきや変化を、
組織の財産に変えていくため。

今回は、彼女たちのノートを通して改めて確認できた、
わたしのセッション設計の意味について書いてみます。

前回の記事「良いノートが教えてくれたこと」では、選手たちのノートを通して、

意欲は才能や性格だけではなく、
育てられるスキルなのではないか。

ということを書きました。

今回は、
その続きです。

彼女たちのノートを見て、
わたし自身も一つ大きな気づきを得ました。

それは、
わたしがなぜセッションに時間をかけ、
なぜ何度も止めて集合をかけ、
その時に起こっているGoodやNo Goodを共有してきたのか。

その理由が、自分の中ではっきりした
ということです。

わたしはセッションに、
かなり時間をかけます。

流れを止めることもあります。

何度も集合をかけ、
その時に起こっている顕著なGoodやNo Goodを、
チーム全体で共有します。

場合によっては、
選手たちからすると、

「また止まった」
「また集まるのか」

と感じることもあるかもしれません。

それでも、
わたしがそれを大切にしてきた理由が、
彼女たちのノートを見て、
改めて自分の中ではっきりしました。

わたしがやろうとしていたのは、
単に一つの動きを直すことではありません。

その場で起こっている良い反応。

うまくいっていない反応。

姿勢の違い。

聴き方の違い。

動き出しの違い。

準備の違い。

そうしたものを、
個人の中だけで終わらせず、
チーム全体の学びとして共有すること。

つまり、

個人に起きた変化を、
組織の財産に変えていくこと。

それをやろうとしていたのだと思います。

Goodを共有することで、

何が良かったのか。
なぜ良かったのか。
どこを観れば良いのか。

が見えてきます。

No Goodを共有することで、

何がズレていたのか。
どこで伝達が止まっていたのか。
どうすれば修正できるのか。

が見えてきます。

それは、誰かを責めるためではありません。

むしろ、
チーム全体で観る目を育てるためです。

チーム全体で感じる力を育てるためです。

チーム全体で、
変化に気づけるようになるためです。

だからこそ、
時間をかける。

だからこそ、
止める。

だからこそ、
集合をかける。

その瞬間にしか共有できないものがあるからです。

その場で起きている変化は、
あとから説明しても同じようには伝わりません。

表情。
姿勢。
反応。
空気。
動き出し。
身体のまとまり。
プレーへの入り方。

それらは、
今この瞬間に観るからこそ、
チームの中に残るものがあります。

スポーツの現場では、
よく「共通認識」という言葉が使われます。

チームとしての共通認識。
プレーにおける共通認識。
戦術における共通認識。

もちろん、
それらはとても大切です。

しかし、
共通認識は、言葉だけでつくれるものではありません。

「こうしよう」
「ああしよう」
「これを大切にしよう」

そう伝えるだけで、
チーム全体に同じ感覚が生まれるわけではありません。

共通認識には、共通体験が必要です。

同じ場面を観る。

同じ変化を感じる。

同じ違和感に気づく。

同じGoodを確認する。

同じNo Goodを共有する。

その積み重ねによって、
少しずつチームの中に基準が生まれていきます。

この基準は、
誰かに押しつけられるものではありません。

現場の中で起こっている事実を通して、
選手たち自身が感じ取り、
理解していくものです。

だからこそ、
わたしはできるだけその場で止めます。

あとでまとめて説明するのではなく、
今起こっていることを、今共有する。

その選手の身体で起こっていること。

その選手の反応として出ていること。

その選手の表情や姿勢に表れていること。

それをチーム全体で観る。

すると、選手たちの中に、

「なるほど、ここが違うのか」
「こういう反応が良いのか」
「こうなると動きが変わるのか」
「この状態だとうまくいかないのか」

という理解が生まれていきます。

これは、単なる説明ではありません。

身体を通した共有です。

目で観る。
耳で聴く。
身体で感じる。
自分の感覚と照らし合わせる。

その繰り返しの中で、
チーム全体の観察力が育っていく
のだと思います。

そして、観察力が育つと、
チームの中にある空気も変わっていきます。

ただ言われたことをやるだけではなくなる。

自分で気づこうとする。

仲間の変化にも気づくようになる。

良い反応を見つけられるようになる。

うまくいっていない時に、
どこがズレているのかを考えられるようになる。

そうなると、
セッションの時間だけでなく、
普段の練習の質も変わっていきます。

わたしが現場で本当に育てたいのは、
単なる一時的な変化ではありません。

もちろん、
その場で動きが変わることは大切です。

痛みが軽くなる。
身体が動きやすくなる。
姿勢が整う。
反応が良くなる。
プレーに入りやすくなる。

そうした変化は、
選手にとって大きな意味があります。

しかし、それだけで終わってしまうと、
変化はその場限りになってしまうことがあります。

大切なのは、

なぜ変わったのか。
何が変わったのか。
どこに気づけば再現できるのか。
どうすれば自分たちで修正できるのか。

そこまでチームの中に残していくことです。

そのために、
GoodとNo Goodを共有する。

Goodだけでは、
基準が甘くなることがあります。

No Goodだけでは、
空気が重くなることがあります。

だから、
両方を観る。

良い反応を観る。
うまくいっていない反応を観る。
その違いを共有する。

その違いが分かるから、
修正できる。

その違いが分かるから、
再現できる。

その違いが分かるから、
チームの基準になっていく。

GoodとNo Goodの共有は、評価ではありません。

裁くためのものでもありません。

それは、
観察の材料です。

学びの材料です。

成長の材料です。

だからこそ、
共有の仕方には配慮が必要です。

誰かを否定するために止めるのではない。

誰かを責めるために集めるのではない。

失敗をさらすために共有するのではない。

その場で起こっている事実を、
チーム全体の学びに変えるために共有する。

そこには、
言葉の選び方も必要です。

表情も必要です。

空気のつくり方も必要です。

指導者側の姿勢も問われます。

選手が安心して失敗できること。

No Goodを見せられても、
人格を否定されたと感じないこと。

Goodを共有された選手が、
過剰に持ち上げられるのではなく、
チームの学びとして受け取れること。

そのバランスがあって初めて、
GoodとNo Goodの共有は機能する
のだと思います。

ここで大切なのは、
合言葉や標語も同じだということです。

合言葉や標語は、
先に掲げるだけでは力を持ちません。

その言葉の背景に、
実際の姿勢があること。

実際の行動があること。

実際にそれを体現している選手がいること。

だからこそ、
その言葉はチームの中で生きたものになります。

言葉が人を動かすのではなく、
人の姿勢や行動が、言葉に力を与えていく

のだと思います。

たとえば、

「準備を大切にしよう」

という言葉があったとしても、
実際に準備を大切にしている選手の姿がなければ、
その言葉は薄くなります。

「反応を早くしよう」

という言葉があったとしても、
良い反応とは何かをチームで共有できていなければ、
その言葉は曖昧になります。

「主体性を持とう」

という言葉があったとしても、
主体的に質問する姿、
確認する姿、
修正する姿をチームで見ていなければ、
その言葉は形だけになってしまいます。

だからこそ、
言葉の前に姿勢が必要です。

言葉の前に行動が必要です。

言葉の前に、実際の場面が必要です。

その場面を共有し続けることで、
合言葉や標語は初めてチームの中で生きていきます。

彼女たちのノートには、
その断片がしっかりと残されていました。

わたしが大切にしてきたことを、
彼女たちが受け取り、
言葉にしてくれていた。

それを見た時、
わたしは、
自分の行動原則に裏付けをもらったような感覚になりました。

ああ、やはりこれで良かったのだと。

時間をかけること。

止めること。

共有すること。

言葉にすること。

身体で感じてもらうこと。

それらは、
単なるセッションの進め方ではなく、

意欲を育て、
観察力を育て、
チームの基準を育てるためのプロセス

だったのだと思います。

個人の気づきを、
組織の財産に変えていく。

そのために、観る。

そのために、止める。

そのために、共有する。

そのために、言葉にする。

そして、その積み重ねが、
チームの中に新しい基準をつくっていく。

意欲は、
個人の中だけで育つものではありません。

貪欲さも、
個人の性格だけで決まるものではありません。

良い姿勢に触れること。

良い反応を観ること。

良い取り組み方を共有すること。

GoodとNo Goodの違いを、
チームで感じ取ること。

その積み重ねの中で、
意欲や貪欲さは、組織の中でも育っていく
のだと思います。

だからこそ、
セッションは単なるトレーニングの時間ではありません。

身体を整える時間であり、

動きを高める時間であり、

意識を育てる時間であり、

心の向かう先を確認する時間であり、

知識を体験へつなげる時間でもあります。

身体・動き・意識・心・知識

その5つがつながった時、
個人の変化は、チームの変化へと広がっていく。

彼女たちのノートは、
その可能性を静かに、
しかし確かに教えてくれていたのだと思います。

気づいた人から、変わり始める

バスケットボールの練習中に集合し、コーチが選手たちへ動きや姿勢を共有している様子

-Diary, Epoch Workshop

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