意欲は、才能だけで決まるものではありません。
ある選手のノートには、
その選手の聴き方、立ち姿、反応、取り組み方まで表れている。
そう考えると、
良いノートの書き方だけを真似るのではなく、
その人のあり方そのものを観察することに、大きな意味があるのだと思います。
今回は、バスケノートをきっかけに、
意欲や貪欲さをスキルとして育てる可能性について書いてみます。
選手たちが習慣的につけている、
いわゆるバスケノート。
その中に、
先日のわたしのセッションについて書かれたものがあり、
その内容を監督が教えてくださいました。
それは、新入生2人の選手がそれぞれ書いたものでした。
その内容が、
本当に素晴らしかったのです。
ホワイトボードに書いたこと。
配布資料に書いたこと。
そして、セッション中に口頭で伝えたこと。
それらが、
驚くほど丁寧に、確度高く記されていました。
しかも、
ただ書いているだけではありません。
自分が何を受け取ったのか。
何に気づいたのか。
これから何を意識していくのか。
そうしたことが、
本人の言葉として書かれていました。
彼女たちは、今回が、実質的には初めてのセッションです。
それにもかかわらず、
ここまで聴いているのか。
ここまで覚えているのか。
ここまで受け取っているのか。
正直、
良い意味でおそろしくなるほどでした。
もちろん、
今回の2人だけではありません。
このチームには、良い表情をした選手たちがたくさんいます。
話を聴く姿勢。
こちらを見る目。
反応の速さ。
質問に来るタイミング。
その一つひとつに、
前向きなエネルギーを感じます。
初めてのセッションであっても、
個別にわたしのところへ来て、
「冨樫さん、観てもらえますか?」
と自然に言える選手たちもいます。
これは、
単に明るいとか、
元気があるという話ではありません。
そこには、意欲があります。
もっと良くなりたい。
自分の身体を知りたい。
自分の課題に気づきたい。
少しでも変わるきっかけを掴みたい。
そうした貪欲さがあります。
ただ、わたしはここで、
もう一歩奥を考えます。
意欲や貪欲さは、
どこから生まれるのか。
もともとの性格なのか。
才能なのか。
環境なのか。
チーム文化なのか。
もちろん、
それらも大いに関係すると思います。
しかし、
日々の現場経験と、
身体・動き・意識・心・知識を結びつけながら考えていくと、
意欲や貪欲さは、
決して精神論だけで語れるものではない
と感じます。
脳。
神経。
筋肉。
感覚。
姿勢。
呼吸。
表情。
視線。
反応。
これらは、すべてつながっています。
話を聴く姿勢が変われば、
受け取れる情報も変わります。
目線が変われば、
入ってくる情報も変わります。
反応の仕方が変われば、
次の行動も変わります。
行動が変われば、
経験の質が変わります。
そして、経験の質が変われば、
その人の中に残るものも、大きく変わっていきます。
スポーツにおいて、
向上や上達の一つの方法として、
上手な選手を見て学ぶ。
良いプレーを真似る。
というものがあります。
これは、
とても大切なことです。
良いシュートフォームを真似る。
良いステップを真似る。
良いディフェンスの構えを真似る。
良い判断を真似る。
そうした学びは、
スポーツの現場では当たり前のように行われています。
しかし今回、
わたしが強く感じたのは、
もう少し奥の部分でした。
素晴らしいノートの書き方だけを真似るのではない。
そのノートを書いている選手そのものを観察することが大切なのではないか。
その選手は、
どのような表情で話を聴いているのか。
どのような姿勢で立っているのか。
どのような反応をしているのか。
どのような言葉を使っているのか。
どのようにプレーへ取り組んでいるのか。
そこには、
単なる記録の技術ではなく、
その選手の中にある構造が表れている
のだと思います。
表情。
話し方。
立ち姿。
聴き方。
反応の仕方。
プレーへの向き合い方。
それらは、別々のものではありません。
すべてが、
その選手の中でつながっています。
だからこそ、
ノートの書き方だけを真似るのではなく、
その人のあり方に目を向ける。
その構造を観察し、
感じ取り、
自分の中に取り入れていく。
すると、
受け取る情報が変わります。
感じ方が変わります。
反応が変わります。
行動が変わります。
そして結果として、
伝達が変わっていくのではないか
と考えています。
ここでいう伝達とは、
単に神経の伝達だけを指しているわけではありません。
もちろん、身体の中では、
脳・神経・筋肉・感覚のやり取りが絶えず起きています。
しかし同時に、
人と人との間にも伝達は起きています。
誰かの良い姿勢が、
別の誰かに伝わる。
誰かの良い反応が、
周囲の空気を変える。
誰かの良い取り組み方が、
その場の基準になっていく。
つまり、意欲や貪欲さは、
その人の内側だけで完結するものではなく、
周囲との関係の中でも育っていくもの
なのだと思います。
実際、人は他者の行動を観察することで学びます。
良い動きを見て真似る。
良い姿勢を見て真似る。
良い反応を見て真似る。
良い取り組み方を見て真似る。
それは、
単なる精神論ではありません。
見たものを注意深く受け取り、記憶し、自分の身体や行動で再現しようとする過程の中で、
人は少しずつ変化していきます。
さらに、姿勢や表情、身体の状態は、
認知や感情、学習とも関係している
と考えられています。
つまり、
どう立つか。
どう聴くか。
どう反応するか。
どう取り組むか。
それらは、
心の問題だけではなく、
身体を通した学びの入り口でもある
のだと思います。
意欲は、才能だけではありません。
貪欲さも、性格だけではありません。
それは、
観察し、
感じ取り、
真似て、
少しずつ育てていけるもの。
そういうことから、ここでいう意欲や貪欲さは、
Epoch Fiveで言えば、
「意識」と「心」の領域に大きく関わるもの
だと考えています。
何に気づくのか。
何を変えたいと思うのか。
どこに向かいたいのか。
自分の可能性を信じられるのか。
そこには、
意識と心の働きが強く関係しています。
しかし、それは意識と心だけで完結するものではありません。
身体が整っていること。
動きの中で変化を感じられること。
知識によって、自分が何をしているのかを理解できること。
それらが土台となることで、
意欲や貪欲さは、
より具体的な行動として表れやすくなります。
つまり、意欲は心の強さだけではなく、
身体・動き・意識・心・知識のつながりの中で育っていくもの
なのだと思います。
だからこそ、意欲もまたスキルである。
そしてそのスキルは、
個人だけでなく、
組織の中でも育てていける。
もちろん、
すべての選手が同じように表現できるわけではありません。
すぐに質問に来られる選手もいれば、
時間をかけて考える選手もいます。
ノートに言葉として残せる選手もいれば、
身体の変化として表現する選手もいます。
表情に出る選手もいれば、
内側で静かに燃えている選手もいます。
だから、
意欲が見えやすい選手だけを評価すれば良いわけではありません。
大切なのは、
意欲の形を一つに決めつけないこと。
そして、
意欲がまだ表に出ていない選手にも、
育つ可能性があると見ること。
意欲があるから偉い。
意欲がないからダメ。
そうやって終わらせるのではなく、
どうすれば受け取りやすくなるのか。
どうすれば反応しやすくなるのか。
どうすれば自分の課題に気づけるのか。
どうすれば一歩踏み出せるのか。
そこまで含めて、
チームで育てていく。
そのためには、
良いプレーだけでなく、
良い聴き方、良い立ち姿、良い反応、良い取り組み方にも目を向ける必要があります。
上手い選手を真似る。
その意味を、もう少し広げてみる。
プレーだけでなく、
その人の構造を観る。
表情を観る。
姿勢を観る。
反応を観る。
言葉を観る。
準備を観る。
取り組み方を観る。
そこに、上達のヒントがある。
そこに、チームが変わるヒントがある。
そしてそこに、
意欲をスキルとして育てていく可能性がある
のだと思います。
彼女たちのノートは、
その可能性を静かに、
しかし確かに示してくれていたように感じます。
そして同時に、そのノートは、
わたし自身にも大きな気づきを与えてくれました。
なぜ、わたしはセッションに長く時間をかけるのか。
なぜ、何度も止めて集合をかけるのか。
なぜ、その場で起こっているGoodやNo Goodを共有するのか。
その理由が、彼女たちのノートを見て、
改めて自分の中ではっきりしました。
次の記事では、
そのことについて書いてみたいと思います。
気づいた人から、変わり始める